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テレビ番組

宮城まり子と「ねむの木学園」 密着15年の記録

番組ID
210273
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放送日時
2015年12月06日(日)21:00~22:54
時間(分)
100
ジャンル
cinematic_blurドキュメンタリー
放送局
ビーエス朝日(BS朝日)
製作者
ビーエス朝日(BS朝日)
制作社
ビーエス朝日(BS朝日)、テレビ朝日映像
出演者
宮城まり子、朗読:宗矢樹頼、朗読:恒沢あゆみ、ナレーション:大森章督
スタッフ
構成:日野原幼紀、構成:高橋司、撮影:幕内誠一、撮影:橋本稔、VE:須田健、編集:北村英人、編集:永谷喜美雄、編集:山代温之、EED:齋藤啓太、EED:川田勝一、MA:山本宗太、選曲:古川貴彦、広報:田中久美香、デスク:雛元泰子、AP:山田良子、AD:鶴田光、AD:高木泉、ディレクター:村上徹夫、ディレクター:畠中慶太郎、プロデューサー:柿崎拓哉、プロデューサー:加納満、プロデューサー:高橋司
概要
女優・宮城まり子。1968年、私財を投げ打ち、静岡県に日本初の肢体不自由児養護施設「ねむの木学園」を設立した。その創設秘話を明かし、そして宮城と学園の日常に密着する。子どもとは何か、教育とは何か、障がいとは何か、そして愛情とは何か。88歳になり、自らの死を強く意識しているという宮城が、いま伝えたいこととは…。◆幼い頃の宮城は不幸の連続で、旅芸人として各地を回る日々を過ごした。だがやがてヒット曲「ガード下の靴磨き」で大衆の心をつかみ、一気にスターへと上り詰めた。そんな時に出会ったのが芥川賞作家・吉行淳之介だった。人気女優と妻子ある作家の道ならぬ恋。それは苦悩の日々の始まりでもあった。それから十数年後、宮城は「ねむの木学園」設立に向け奔走することになる。吉行との愛が、肢体不自由児に意識を注ぐきっかけとなったという。◆今も体当たりで子どもたちと向き合い、愛情を注ぎ続けている宮城。“おかあさん”としてねむの木学園の子どもたちと暮らしている。肉親からの愛情に縁遠かった子どもも少なくない。だが「駄目な子なんかは一人もいない」という強い信念を持つ宮城の愛情と、感性と感受性を大切にする教育により、子どもたちは隠れた芸術的才能を開花させた。中でも純粋でひたむきな絵画は、本場パリでも絶賛を受けた。彼らが描く絵には、48年という長い年月、一心に愛を注ぎ続けてきたおかあさん…宮城への思いが溢れている。
受賞歴
ギャラクシー賞(第53回奨励賞)

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2011年に発生した東日本大震災から4年。被災地では未解決の問題が山積し、復興への確かな足取りは未だ見えてこない。その現状を伝える報道は月日が経つごとに減少し、震災の記憶の風化が進行している。そんな中で、震災当時と同じ危機意識を持ち、被災地に今自分に何ができるのかを問い続け、活動を継続している人達がいる。彼らの活動を追うことで、未曽有と言われたあの震災と私達は今どう向き合うべきかを改めて問う。番組では、山梨から被災地への活動を続ける人たちの取り組みを追った。◆しらいみちよさん:山梨県都留市在住のシンガー。復興支援の曲を数多く作り、被災地を中心に全国でコンサートを行う。そのコンサートで募金を集め、宮城県気仙沼市で花火大会を開催している。◆株式会社マルゴー:山梨県市川三郷町の花火会社。震災直後から被災者支援のため、花火の打ち上げを続けている。2014年夏、気仙沼市で「鎮魂と希望の花火」を打ち上げた。また、被災した宮城県の花火師を受け入れている。◆リバイブジャパン:震災直後から山梨発のボランティアバスの運行を続け、運行回数は100を超える。代表の野口さんは、自分の目で今の被災地の姿を見ることの大切さを説く。◆身延山大学・柳本伊左雄教授:仏像彫刻の第一人者。震災から半年後に犠牲者の鎮魂のために仏像の制作を開始。その仏像は完成し、2015年3月に岩手県陸前高田市のお寺に納められた。◆開発好明さん:山梨県甲斐市在住のアーチスト。震災の直後から被災地を巡回してアートイベントを行っている。最近の活動として、福島県南相馬市の伝統芸能「北屋形の神楽」の復活、そして2014年11月、相馬野馬追と並ぶイベントに育てると意気込む、街おこしイベント「うまままつり」を行う。◆星の語り部:山梨県立科学館を拠点に活動するグループ。「出張プラネタリウム」「星空書簡」など、被災地の施設や仮設住宅で星空の魅力を伝える活動を続ける。


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