テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

スーパーステーション 9.11アメリカ同時テロ あの日を忘れない

番組ID
R02570
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2004年02月14日(土)19:30~20:30
時間(分)
52
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
ニッポン放送(JOLF)
製作者
ニッポン放送(JOLF)
制作社
ニッポン放送(JOLF)
出演者
語り:宮本充
スタッフ
構成:水野十六、制作:森田耕次、制作:寺山優、技術:石垣哲
概要
2001年9月11日、カナダ旅行を終えて帰国の途に向かった日本人学生がテロリストによるハイジャックに遭い、ピッツバーグ郊外で命を落とした。母親はいまだ悲しみが癒えない。同じ日ニューヨークの世界貿易センタービルで息子を失った父親は、歌集を作り息子への気持ちを綴った。遺族の中には、現在も家族の遺体確認を待っている人も多い。番組では遺族たちの当時の思い、現在の心境、政府への要望などを浮き彫りにしながら、改めてテロの残虐さを訴える。

同じ年代の公開番組

変えなくては 変わらなくては がん治療 ~がん相談室の現場~

平岩正樹医師は積極的な抗がん剤治療で知られている。また早くから100%「がん」告知を始めたことで有名だ。それまではいかに「がん」であるかを隠すかが医者の仕事だったそうだ。そのためにまともな抗がん剤治療は出来ず、抗がん剤のニーズ自体がなかった。しかしがん告知が普及するに従って、行き場のない「がん難民」だとわかって声を上げる患者が増えはじめた。手術だけでなく、十分な抗がん剤治療を受けたいという声が広がりはじめたばかりだ。◆平岩医師は、医療情報をわかりやすい形で患者に伝え、よりよい医療を受けるためのセカンドオピニオンの役割を果たす「がん相談室」を設けた。月島サマリア病院の協力を得て1995年から週一度行われている。一週間に5組しか受け入れることが出来ないが、予約の電話は何百本と鳴り続ける。さらに多くの患者用にインターネットでも相談できる「がんのWEB相談室」も始めた。「はぐれ医師」「現代のブラックジャック」と呼ばれる平岩医師が、「がん相談室」から矛盾と欺瞞を告発する。「変えなくては 変わらなくては がん治療」のシリーズ第2作。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
宝永元年の大阪改造プロジェクト

大和川の付け替え(流域変更)から300年を機に、付け替えの歴史を検証し、これからの人と川の営みについても提言する。案内役は旭堂南海。◆付け替え工事前の大和川の流れを紹介するところから番組はスタート。江戸時代、大和川は人々に恩恵を与える川である一方で、氾濫を起こしやすい川でもあった。治水対策案として河内の農民リーダーである中甚兵衛が、大和川付け替え案を幕府に提出する。一方、新しい川により田畑を失う農民達も団結して付け替え案反対運動を起こす。苦慮した幕府は治水工事の権威者、川村瑞賢の提案により安治川の開削などの河口を広げる改良工事を行った。それでも収まることがない水害に対して、宝永元年(1704年)幕府はついに付け替え工事を行なうことを決定。付け替え工事によって洪水は減り、大和川の埋め立て地に田畑が開発された。田畑では綿が栽培され、河内木綿の産地として商品経済が機能し始め、経済都市大阪の基盤へとなった。しかしその一方で大都市堺の衰退、交通、流水系統の断絶などのマイナス面も生まれた。大和川の付け替えに伴う賛成、反対の運動はその後、大阪の民衆が団結して幕府に訴願し要求を解決するパターンを作りあげた。◆ゲストコメンテイターは大阪大学の村田路人氏、大阪産業大学の玉野富雄氏。参考文献:中九兵衛著「甚兵衛と大和川」。大和川付け替え300周年特別番組。


school教育・教養radioラジオ番組