テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

沈む珊瑚島ツバル ~考えよう!静岡発地球温暖化~ / D・Iエコキャンペーン特別番組

番組ID
201147
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2008年03月02日(日)10:55~11:25
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blurドキュメンタリー
放送局
静岡第一テレビ(SDT・だいいちテレビ)
製作者
静岡第一テレビ(SDT・だいいちテレビ)
制作社
静岡第一テレビ(SDT・だいいちテレビ)、SDTエンタープライズ、DIプロ
出演者
リポーター:徳増ないる
スタッフ
企画:徳増ないる、プロデューサー:杉山洋、ディレクター:清水淳、撮影:岡崎謙一、編集:天野靖之、整音:深津初男、音響効果:木下敦子、美術:保坂浩希
概要
地球温暖化による水面上昇で沈んでしまうといわれている南の島国・ツバル。静岡県伊東市在住の女性が2人の幼い子供とともにツバルを訪問し、海岸浸食、ごみ問題などの現実を目の当たりにする。そして自分たちでできる対策は何か、語り伝えようとする姿を描く。

同じ年代の公開番組

ムーブ 空き缶を拾う人たち

町のあちこちで空き缶拾いの競争が繰り広げられている。中国の金属需要が急増して、空き缶の価格が高騰したからだ。58歳の男性・藤野さん(仮名)は、3年前から空き缶を拾って生活している。熊本市内の公園で寝起きするホームレスだ。資源ごみの回収日、藤野さんは自転車でゴミ捨て場へ向い、自分の場所を確保する。競争が激化する中、空き缶を集めるために縄張りを持つ人が少なくない。◆空き缶を拾う人が増える一方で、一部の住民からは市に出している資源ごみが勝手に持ち去られていると不満の声が上がり始めた。さらに市が委託する業者の回収量も大幅に減少し、このままでは市と市民が築いてきたリサイクル事業の根幹が崩されかねないと、「資源物持ち去り禁止条例」が市議会で可決された。ゴミ捨て場から資源ごみを拾うことが禁止されたのだ。◆市が促進するリサイクル事業の一方で、生きる糧を失うことになる生活困窮者たち。これまで地域住民が捨てた空き缶で生活をしのいできた藤野さんだが、条例違反をせず空き缶を拾い続けるためには、地域住民から直接手渡してもらうしかない。厳しくなる生活環境の中で、なんとか空き缶を拾おうと模索を続ける藤野さんの半年を見つめる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ふくしまの素顔 吉田富三 ~浅川町が生んだ世界の医学者~

吉田富三は明治36年(1903年)2月10日、当時の浅川村本町に造り酒屋の長男として生まれた。東京帝国大学医学部を卒業、病理学を専攻、世界で初めて科学物質によってラットの肝臓に人工がんの生成に成功した。この研究はのちにイギリスのE.L.ケナウェイらの研究と共に、発がん性化学物質を究明する糸口をつくった。この功績により昭和11年、帝国学士院恩賜賞を受賞し、昭和18年6月には、がん細胞の究極の姿とも言われる液状のがんをラットの腹水から発見した。いわゆる「吉田肉腫」と呼ばれる生きたままのがん細胞である。吉田肉腫の発見によって、がんの化学療法への新しい道を開いた。◆吉田富三はがん研究にとどまらず「人間が病気になるということは、身体だけではなく心も病んでいるのだから、その心にまで温かい手を差し伸べるのが、真の医者だ」という考え方から、医療制度の改革にも取り組み、医師の在り方などについての問題提起をするなど力を尽くした。また文部省の国語審議委員として、戦後の国語政策を正道に戻すための発言と活動を繰り広げた。吉田富三博士は文化勲章、勲一等旭日大綬章を受章するなど、大いなる功績を残し、昭和48年4月27日、70歳で世を去った。◆平成5年には、故郷、浅川町に『吉田富三記念館』が建設され吉田富三博士の顕彰事業として毎年、財団法人浅川町吉田富三顕彰会と日本癌学会が共同して、日本の癌研究に功労のあった人に「吉田富三賞」を贈っている。また県内の小学生を対象とし「吉田富三子ども科学賞」を制定して「理科研究の優れた小学生」に賞を贈っている。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組