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テレビ番組

テレメンタリー2009 45年目のハネムーン ~病室からタイへ… 覚悟の巡礼~

番組ID
204992
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放送日時
2009年08月15日(土)02:15~02:45
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blurドキュメンタリー
放送局
瀬戸内海放送(KSB)
製作者
瀬戸内海放送(KSB)
制作社
瀬戸内海放送(KSB)
出演者
スタッフ
編集:米山彰一、字幕:細川世津子、MA:高橋弘彰、撮影:山田寛、取材:満田康弘、構成:満田康弘
概要
2009年6月、病院で点滴を受けるひとりの女性がいた。藤原佳子さん79歳、肝硬変で倒れて3年あまり。何度かこん睡状態に陥ったり、肝臓の腫瘍の除去手術も受けたりもした。点滴で命をつないでいるような状態だ。◆佳子さんは夫の元陸軍通訳・永瀬隆さんとともに、泰緬鉄道の犠牲者の慰霊とタイへの「恩返し」に取り組んできた。太平洋戦争中、日本軍がタイとビルマの間に建設した泰緬鉄道では、1万3千人の連合軍捕虜と数万人のアジア人労務者が過酷な労働と栄養不足、コレラや赤痢などの蔓延で死亡した。永瀬さんは終戦直後、連合軍の墓地捜索隊に同行を命じられ、鉄道沿線で遺骨の確認に従事した。また1946年に復員する際、タイ政府は12万人の日本兵全員に米と砂糖を支給してくれた。永瀬さんの活動はこの2つの経験が動機となっている。佳子さんは兄をビルマで亡くした。母から兄の慰霊を命じられていた佳子さんは、永瀬さんと共に戦争犠牲者の慰霊に生涯を捧げることを決意した。◆1964年に一般日本人の海外渡航が自由化されると、夫婦は直ちにタイへの巡礼に赴いた。これが2人にとってのハネムーンだった。翌年からはタイ人留学生を自宅に受け入れ始める。元捕虜との和解の再会計画を実現し、「クワイ河平和基金」を設立して看護学生に奨学金を贈るなどの活動を、二人三脚で続けてきた。◆2008年「最後の巡礼」を済ませた永瀬さんに、佳子さんは「どうしても」と再度のタイ訪問を望む。かばんには主治医が持たせてくれた点滴の処方と薬。入院先の病院を抜け出して、135回目の「ハネムーン」が始まった。2人は「45年目のハネムーン」を無事終えて、大願を成就することができるのだろうか。

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