テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

どさんこドキュメント ゆめ育む一番だし ~挑戦!お料理高校生と過疎のマチ~

番組ID
208200
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2013年05月25日(土)09:30~10:25
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blurドキュメンタリー
放送局
札幌テレビ放送(STV)
製作者
札幌テレビ放送(STV)
制作社
札幌テレビ放送(STV)
出演者
ナレーター:松下祐貴子
スタッフ
撮影:吉田篤司、音声:及川幸一、MA:斎藤豊、AD:境美貴、編集:小瀧藍、ディレクター:勝嶌早苗、プロデューサー:眞鍋浩史
概要
プロの料理人を養成する高校として再出発した北海道の市立三笠高校。生徒たちは失敗を繰り返しながらも、料理の基本「だし」が料理に込める「真心」そのものであり、三笠市民との交流を深める力になることに気付く。過疎のマチの高校を舞台にした高校生たちの夢、そして過疎のマチの夢が、「だしを大切にする心」によって育まれつつある日々を追う。◆旧産炭地の北海道三笠市。三笠高校は生徒減少による閉校が決まっていたが、「食物調理科」を新設して生まれ変わった。現在は地元のみならず、全道各地から食のプロを目指す学生が集まってくる。時間割には一般の科目もあるが、食品に関する専門的な授業や調理実習も含まれる。そして放課後になっても、生徒たちは部活動として調理の腕をみがき、数々の菓子や料理のコンクールで高い評価を得ている。また学園祭や料理教室などでの、市民との交流も好評だ。番組では1年余りの取材を通じ、過疎が影を落とす三笠市で、生徒・マチそれぞれの夢が育まれていく道程を描く。
受賞歴
ギャラクシー賞(第51回奨励賞)
放送ライブラリー以外で視聴可能な施設

同じ年代の公開番組

古代紀行ドキュメンタリー 古事記の世界 CGアニメでひも解く日本誕生物語〔1〕 国生み ~日本はこうして誕生した~

日本最古の歴史書「古事記」の世界を、アニメーション、紀行、スタジオトークという3つの演出を組み合わせて、親しみやすく、楽しく紹介する、教養エンターテインメント。物語としても楽しめる古代の神話・伝説の数々。そこには、日本の国の成り立ちや日本人の心のルーツが色濃く投影されている。案内役は里中満智子、三浦佑之、ホラン千秋。BSフジプラチナム。(2013年6月22日~2015年11月21日放送、全6回)◆第一話「国生み」。イザナミの出産によって誕生する日本の国土、そして2人の神によって作り出される、ありとあらゆる神々の物語をアニメーションで紹介。紀行編では、日本のはじまりの島といわれる瀬戸内海の小島「オノゴロ島」、イザナキとイザナミがその周りを回って国土を生んだ「天の御柱」と伝えられる奇岩、さらにはイザナミが葬られた中国山地の比婆山など、瀬戸内地方の人々に長く語り継がれ、信じられた古事記ゆかりの地を巡る。


cruelty_freeアニメーションcinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組
ダイドードリンコスペシャル 龍の伝人 青森ねぶた祭

日本を代表する夏祭りである「青森ねぶた祭」。毎年20数台の大型ねぶたが、青森の中心街を勇壮に練り歩く。その主役となるねぶたを制作するのが「ねぶた師」と呼ばれる専門家たち。その中でも極めて高い技術を持つねぶた師は、「ねぶた名人」に推奨される。長いねぶたの歴史の中で、これまでその称号を得たのはたった4人。しかし2012年、千葉作龍さんと北村隆さんの2人が、22年ぶりに「名人」に推奨された。◆名人を筆頭に、多くのベテランねぶた師がしのぎを削る「ねぶた制作」の世界。その厳しさから、長く後継者不足も心配されていたが、3年続けて若手のねぶた師がデビューを果たした。ひとりは名人・北村隆さんの娘であり、史上初の女性ねぶた師として新風を吹き込む北村麻子さん。麻子さんのいとこで、若手ねぶた師のリーダー的存在である北村春一さん。そして、高校の教員という安定した仕事を捨て、ねぶた師として生きていくことを選んだ立田龍宝さんの3人だ。◆それぞれの思いを胸に、ねぶた師としての道を歩み始めた若手ねぶた師。その一方、圧倒的な技術と経験を持ち、さらに新たな表現へと挑戦する「ねぶた名人」たち。番組では、丸一年を費やすねぶたの制作過程を追いながら、ねぶた師たちの祭りに懸ける想いや挑戦する姿を伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
野球女子

2009年に発足した「女子プロ野球」リーグ。2013年からは4チーム制を敷き、日本全国で試合を行っている。愛知県一宮市出身の三浦伊織選手はその中心選手。日本代表にも選ばれている彼女は、高校時代はテニスの選手だった。インターハイにも出場した実力の彼女が、敢えてマイナースポーツである「女子野球」を目指したのはなぜか。◆実は60年以上も前の1949年、すでに日本に「女子プロ野球」が存在していた。今以上に「女子が野球をするなんて…」と思われていた時代の彼女たちが、それでも「野球の道」を突き進んだのはなぜだったのか。◆愛知県に初めて出来た高校の女子公式野球部。至学館高校公式野球部の深澤美和監督は、至学館大学の前身、中京女子大公式野球部の元キャプテン。その後、プロ入りもしたが、2年で引退を余儀なくされる。それでも母校に戻り、後輩の育成に努める彼女の「野球」への原動力とは。◆ほとんど知られていない事実だが、野球女子日本代表「マドンナジャパン」は、男子の「侍ジャパン」が達成できなかった世界3連覇を成し遂げている。サッカーの「なでしこジャパン」と比べると著しく知名度が劣る「マドンナジャパン」。その取材を長期にわたって継続しているノンフィクションライターの長谷川晶一氏が番組ナビゲーターとなり、野球に打ち込む「野球女子」の真実に迫る。


directions_bikeスポーツcinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組