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テレビ番組

ダイドードリンコスペシャル 奇祭 米川の水かぶり ~口伝800年 守り続けられてきた伝統行事~

番組ID
209206
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放送日時
2015年02月22日(日)16:30~17:25
時間(分)
49
ジャンル
cinematic_blurドキュメンタリー
放送局
東日本放送(KHB)
製作者
東日本放送(KHB)
制作社
東日本放送(KHB)
出演者
吉村作治、ナレーション:白澤奈緒子
スタッフ
MA:水上幸也、通訳:佐竹深雪、カメラ:山田清明、カメラ:門脇晃、カメラ:小泉聖二、カメラ:鈴木寛久、カメラ:笹森俊、音声:川越広之、音声:高橋喜樹、音声:諏訪大征、ディレクター:榊枝英二、ディレクター:渡辺純子、ディレクター:小林由起子、プロデューサー:引地慶記
概要
宮城県北部の登米市東和町。地区の男たちが裸になり、腰と肩にわらで作った「しめなわ」を巻き「あたま」と「わっか」を頭から被り、足にわらじを履く。顔には火の神様の印であるかまどの煤を塗り、神様の使いに化身して町を練り歩く。そして男たちは家々の前に用意された水を屋根にかけ、町中の火伏せをする。町人は男たちの後ろを追いながら、わら装束のわらを抜き取り、屋根に上げ、自宅の火伏せのお守りとする。およそ800年前から米川地区に伝わる「米川水かぶり」だ。◆男たちがこの行事の身支度をする場所「水かぶりの宿」として、代々この行事を守ってきたのが菅原家。人口の減少やわらじ作りの職人の高齢化など、様々な問題を抱えながらも、火伏せの行事を伝え守ってきた。番組では菅原さんの役割を通じて、この行事の本質を伝える。また、行事に参加できるのが五日町地区の住民や出身者に限られているという事で、参加した中学生の兄弟、そして他の地区から五日町にお婿さんに来た人を取り上げ、この伝統行事を後世に伝え残そうという想いを伝える。

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NNNドキュメント’15 凍土の記憶 ~シベリア抑留を伝える女子高校生~

戦後、満州やシベリア抑留からの引き揚げ者を受け入れた港は、全国に18か所。呉、佐世保、博多などが次々と港を閉じる中、舞鶴港は1958年9月まで、実に13年間にわたって受け入れを続けた。その数、約66万人、遺骨1万6千柱。◆京都府綾部市の原田二郎さんは引き揚げ者の一人。戦争で満州に衛生兵として送られた原田さんは、終戦後、シベリアで4年間の抑留生活を送った。零下30度、飢えやノルマに追われる過酷な労働を体験し、命からがら舞鶴港に引き揚げたが、毎晩、悪夢に苦しんだ。満州で負傷兵を殺したときのことが蘇る。悪夢は50年続いた。苦しみを誰にも打ち明けたことはなかったが、ある日、婦人会で自らの体験を語ったところ、その晩から悪夢がすっと消えた。地元の「舞鶴引揚記念館」で語り部ボランティアを始めたのは6年前のことだ。戦争という過ちを二度と繰り返してほしくないという強い思いがある。◆そんな原田さんの体験を引き継ごうと取り組みを始めたのは、地元の東舞鶴高校英語部の生徒たち。2014年、原田さんの話をスピーチにまとめ、「ユネスコ世界記憶遺産」への登録を呼びかける活動を始めた。人口9万人の小さな港町が果たした、歴史上の大きな役割。舞鶴市の歴史とシベリア抑留の現実を、自分たちの言葉や感性で伝えようと取り組む女子高校生たち。一方で戦争体験者の高齢化は否めず、90歳の原田さんは休力の限界もあり、語り部活動を引退しようと考え始めている。原田さんと女子高校生の交流を通して、「記憶の継承」の重要性について考える。シリーズ戦後70年。


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