テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

IBCラジオ特別番組 視覚障害の彩音さん 母になる

番組ID
R22114
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2017年05月28日(日)10:40~11:14
時間(分)
34
ジャンル
cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成
放送局
IBC岩手放送
製作者
IBC岩手放送
制作社
IBC岩手放送
出演者
スタッフ
制作:野村恵
概要
ラジオネーム・彩音さんは、番組への投稿だけでなく、ラジオチャリティミュージックソンでは歌声も披露するなど、IBCラジオとかかわりの深いリスナーだ。彩音さんは、昭和63年(1988)に紫波町に3人きょうだいの末っ子として生まれた。角膜混濁のため、生まれつき右目が明るさの認識程度、左目は全く見えない。番組では、彩音さんが夫と二人三脚で妊娠から出産、育児に奮闘する姿を取材した。

同じ年代の公開番組

IBCラジオスペシャル 使命 未来へ贈る津波甚句

三陸は幾度も大津波で多くの命を奪われ、体験者たちはその度に石碑を建て、後世に教訓を訴えてきた。しかし、東日本大震災で悲劇はまたも繰り返された。「釜石あの日あの時甚句つたえ隊」は、唄い手の藤原マチ子さんと口上・合いの手担当の北村弘子さんの2人組。震災の翌年からその教訓や遺族の悲しみを相撲甚句にして、全国各地で唄い伝えてきた。「釜石の奇跡」と呼ばれた小中学生の津波避難の鉄則を唄った「東中 鵜の小編」、二人の最大の理解者である岩崎昭子さんの体験を唄った「宝来館 女将編」など、作った9つの甚句はすべて、2011年3月11日の実話に基づいている。また、生き残った人だけではなく、大切な人を失った悲しみを唄ったものもある。「兄き編」で唄われるのは、藤原さんの兄・八幡新吉さんのこと。藤原さんもまた、震災遺族だった。悲劇の大きさゆえに封印してきた甚句もあったが、震災から6年、2人はこれを披露しようと決意する。あの日それぞれが失ったもののことを思いながら、未来に向けて二人は甚句を伝え続ける。全ては、二度と悲劇を繰り返さないために。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
デンスケが拾い集めた日本の戦後/文化放送開局65周年特別番組

1990年代前半まで、ラジオ放送局には欠かせない機材があった。取材用の肩掛け録音機「デンスケ」である。文化放送が開局以来、事件現場で取材・録音した音声と取材に当たった放送記者の証言とともに、戦後日本のさまざまな出来事を振り返る特別番組。案内役は、文化放送報道デスクの鈴木敏夫と、元文化放送報道部長の西山弘道。番組が取り上げる事象は次のとおり(1)日本、国際連合に加盟/1956、(2)正田美智子さん皇太子妃に決定/1958、(3)東海道新幹線開業/1964、(4)三億円事件/1968、元日本兵=横井庄一さん、小野田寛郎さん帰国/1972・74、(6)三島由紀夫事件/1970、(7)日米安保条約改定=国会周辺デモ、岸信介首相退陣、浅沼稲次郎刺殺事件/1960、(8)浅間山荘事件/1972、(9)ベトナム戦争/1972、(10)沖縄本土復帰/1972、(11)佐藤栄作首相退任会見/1972、(12)三菱重工ビル爆破事件/1974、(13)イラン・アメリカ大使館占拠事件/1979。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組